昨日の「紫式部日記異聞」の舞台で一番印象に残ったことは実は舞台のことではなくて、劇中に出てきた「とりかへばや物語」の言葉だ舞台では藤原道長が自らの出世を目論んで一条帝に送り込んだ娘の彰子に帝が退屈しないように面白い物語を携えさせようとする道長は日本中にある物語を集め選ぶのだが、その中に「竹取物語」「伊勢物語」などと並んで紹介されたのが「とりかへばや物語」この物語のポイントをショートコント風に演じられるが物語は男の子と女の子の二人の子供がいて男の子は女性的なものが好きな傾向、反対に女の子は男の子の好きなものが好きという設定で、今でいうトランスジェンダーを扱っていたこの舞台を見るまでは「とりかへばや物語」は全く知らなかったので昔でもこういうことがあったのか!とか、平安人の想像力に驚きを覚える(今の時代だからこ...「とりかへばや物語」はトランスジェンダーの話?
★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ はとバスの1羽目が出発する(1949年)。 &so、 西宮市の山奥で幼児2人が誤って浄化槽へ落ちて亡くなり、監督不行き届きだとして保育士が殺人鬼扱いされる(1974年)。 ☆ 大陸の
3月19日迄だけど、調布のたづくりでやってるので、・・・・。
3月17日(金)の朝は曇り空、何時降ってもおかしくない空模様だったが、浅川河川敷でグラウンド・ゴルフの練習に出かけました。空模様のせいかいつもより少し少ない参加者で愉しみました。途中で、少しご無沙汰だったKさんが、「3月19日迄だけど、調布のたづくりで共同展をやってるので、・・・・。」と、はがきを頂いた。前回は聖蹟桜ヶ丘で開催されていたが、今回は少し遠い調布駅近くでの開催らしい。最終日に伺おうかと予定していたが、私の体調が悪く、18日土曜日に伺うことに変えた。以前のたづくりは何度か訪れたが、新しくなってからの文化会館「たづくり」は初めて!北側から入館、案内ハガキ通り、北ギャラリーで開催中との案内とても広い1階ロビーに驚き、見学した。逆側には、銅像もあちこちに飾られている!?!南側ロビーから、先に見た案内板...3月19日迄だけど、調布のたづくりでやってるので、・・・・。
1950年の3月19日は、スウェーデンのストックホルムで開かれた平和擁護世界大会において、核兵器禁止に関する署名運動を決定し要求する訴えが、採択された
今日、過去に起った注目すべき出来事等をご案内します。
先日,久しぶりに2泊3日の100名城の旅行をしましたが城以外の楽しみは温泉と食事です。平戸温泉は平戸城が目の前に見える最高の場所にあります。部屋からも露天風呂からも城が見え気分が良かったです。次に郷土料理が楽しみでした。長崎県諫早市では皿うどんを佐賀県伊万里市では有田焼定食を博多駅では長浜ラーメンを美味しく頂きました。旅行の楽しみ
「紫式部日記異聞」幕が上がると、そこはまるでひな壇のようだった十二単を着た女性がズラッと並び色鮮やかで視覚的なつかみも、絡み合うコーラスもまずまずで物語への期待が膨らんだ「紫式部日記異聞」と題されたミュージカルは地元豊橋のグループの完全オリジナルのミュージカルということを最後の挨拶で初めて知ったなるほど手作り感満載の舞台だった洗練されているというより、勢いとか熱気が優先してあまり退屈することはなかった登場人物は紫式部はもちろんのこと、藤原道長、清少納言、定子、彰子、安倍晴明、紀貫之、和泉式部、一条帝、紫式部の娘・夫などの実在の人物から光源氏、紫の上、葵の上、などの物語上の人物で平安時代のオールスターの登場だこれだけ登場人物が多いとまとまりがなくなるがそこはなかなかうまい処理をして、中学の歴史の勉強みたいな...紫式部日記異聞(2)
春は雨が上がると 空き地やあぜ道、堤防などに ツクシがグングン伸びてきます。 ツクシ摘みって結構楽しいですよ。 このツクシを 我が地方では春の味として 食べる習慣があります。 嫌いな人もいますので
仙台快晴です。早く病院から戻れたので気分転換へドライブへ。 少し遠いですが、暫く行っていない大井沢温泉を目的に出発しました。高速利用で寒河江ICで下車お腹が空いてきたので市内の蕎麦屋…
今日は豊橋に行ってこれを見る予定車ではなくて、のんびりした飯田線に乗ってボーッとしながら向かうつもりミュージカルらしいが、それ以外は何も知らないそのほうが偏見なしに作品に向かうことができるかもしれない最近はやっと外出が増えてきた月一くらいはこのようなライブに出かけたほうが良いかもしれない(ボケ防止には)ということで、続きは見終わってからそう言えば、豊橋のプラットでは5月にこんなのもあるようだこれも面白そう、トライしてみるか紫式部日記異聞
15日は、毎年恒例(?)のハナネコノメを撮影することが出来ました。何人もの方々のブログでも見ていた大光寺の桜、駅に到着した時にちらっと見ていた。この景色を見て、高尾山口駅へ行き、待望のハナネコノメを撮ることが出来た。帰り道、境内へ行くつもりでしたが、「時間が、・・・・。」ジャー今日は手抜きで!?!駅のホームを移動しながら、カチャリ未だちょっと早そう?!?アップでも、撮ってみます。更に、アップ全体的には、満開は未だ?!?随分大きくなった枝垂を眺めて、「今日はこれで帰ろう!」撮れただろうハナネコノメと、咲き始めの桜を愉しみ、入線した車両に乗り込みました。3月17日金曜日は、8,970歩歩きました。3月18日土曜日5時28分室内温度は、18.3℃49%外気温は8.1℃87%昨日は、書類棚が、増え続けた書類などの...3月15日(水)ハナネコノメの後、ホームから大光寺の桜
★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ オラガ大将の新居が完成するものの、僅か4ヶ月で昭和天皇に追い出される(1929年)。 ☆ 明治村が開村し、明治時代にタイムスリップが可能になる(1965年)。 &so、識者よ、視野を
本日、名古屋でも 桜の開花が発表されました。 昨日は岐阜であり 早期開花日のタイ記録だったそうです。 あと一週間もすれば 我が地でもあちこちで 淡いピンクに染まった並木が 見られるようになるかもね。
愛知ウォーキング城巡りクラブ主催の「本證寺から小川城見学会」の本證寺の次は藤井松平氏の居城だった藤井城跡に行きました。遺構は何もなく碑があるだけです。次に成瀬氏の居城木戸城,伊予松山城を築城した加藤嘉明の生まれた岩根城,石川数正のゆかりの小川城と周りました。半日かけ戦国時代の歴史をしるウォーキングになりました。愛知ウォーキング城巡りクラブ「本證寺から小川城見学会」
3月15日の朝、「そろそろハナネコノメ!?!」と言う声「そろそろ行ってみるか?!?」と応えた私高尾山口駅へ降り立ったのは、9時13分ちょっと遅い時刻が、日差しが高く目指すハナネコノメが開いているかも!?!と言う願いから。人の流れに流されつつ、ケーブルカー乗り場の前広場へ9:19元気のよい御婦人グループには道を譲り、マイペースで歩いた。坂道を上り始めてすぐに、アズマイチゲじゃない!?!落ち葉が重なった歩道の後ろへ下がり、花を幾つか同居させた。ここから先は、何が咲いていても撮れるようにEOSKissX4+EF60mmF2.8をぶら下げて歩く。左の石垣には、ユリワサビがぞろぞろと並んでいた。道が二手に分かれるところで標識の上細くなった坂道を上りながら、清流をカチャリそして、午後は予定のあるカミさん、早めに帰らな...3月15日(水)高尾山のハナネコノメ探し
★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 今や読者層に於いて少年より青年や中年が多数派だったりする『少年マガジン』『少年サンデー』が創刊する(1959年)。 ☆ アサヒビールが麦芽をケチった辛口のビールを売り始め、
WBC侍ジャパンのヌートバー選手が イイ具合に行った場合に見せてくれる あのグリグリは ペッパー・ミルを回す動作でしたね。 テレビなどで 何度も紹介されたので あ〜っという間に 日本中に広まりましたね
愛知ウォーキング城巡りクラブ主催の「本證寺から小川城見学会」に参加しました。NHK大河ドラマ「どうする家康ー三河一向一揆」にも登場した本證寺からスタートしました。ここでもドラマの影響もあり大勢の人がいました。普段は入れない境内の堀や土塁の跡を見学でき,城郭寺院に相応しい造りになっていることが良く分かりました。愛知ウォーキング城巡りクラブ本證寺
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